最近、自分って意外とケチなのかもしれないと思うことがある。
別に節約家というわけではない。
家族で出かければ普通にお金を使うし、欲しいものがあれば買う。車だって安い買い物ではないし、ゲームも普通に買う。
「とにかく1円でも安く!」みたいな生活をしているわけではない。
なのに、妙に気になる金がある。
それが、数百円の出費だ。
例えばコンビニ。
仕事中に喉が渇いたとしても、
「家に帰れば飲み物あるしな……」
となる。
自販機で160円くらいの飲み物を買うのも、なんとなく嫌だ。
別に160円で生活が苦しくなるわけではない。
でも、なぜか嫌なのだ。
「これに160円払うのか?」
と考えてしまう。
逆に、数万円するものを買うときは、もちろん考えるけど、必要だと思えば普通に買う。
この差は何なんだろう。
たぶん、自分は「高いもの」が嫌いなんじゃなくて、「意味のない出費」が嫌いなんだと思う。
仕事中なんかは特にそうだ。
配達中にトイレに行きたくなってコンビニに入ることがある。
何も買わずにトイレだけ借りて出るのも、なんとなく申し訳ない。
だから結局、プロテインバーとか何か小さいものを買ってしまう。
「いや、別に今これ欲しくないんだけどな……」
と思いながら買っている。
これ、完全に無駄遣いである。
そして家に帰ってから、
「今日もまた余計なもの買ったな」
と思う。
160円の飲み物をケチった結果、300円くらいのものを買っている。
何をやっているんだ俺は。
でも面白いことに、家族のためとなると、そこまで細かく考えない。
子どもが欲しいと言えば買うし、家族で出かけるなら必要なお金は普通に使う。
妻と「たまにはこれ食べよう」となれば、それなりに買う。
自分一人のための300円には厳しいくせに、家族で使う数千円、数万円にはそこまで抵抗がない。
どうやら自分の中では、
「自分の小さな欲」
には厳しくて、
「家族との時間」
には財布が緩くなるらしい。
昔の自分を考えると、かなり変わったと思う。
20代の頃なんて、給料が入れば遊びに使って、ほとんど残らないような生活をしていた。
当時は「今が楽しければいい」くらいに思っていた。
それが36歳になった今では、コンビニの数百円を気にしている。
人生って分からない。
ただ、昔よりお金を使わなくなったからといって、ケチになったとも少し違う気がする。
むしろ、何にお金を使いたいのかがハッキリしてきたんだと思う。
どうでもいいところには使いたくない。
でも、自分や家族にとって意味があるものなら、そこまで惜しくない。
だからたぶん、自分は「ケチ」というより、
使うところと使わないところが極端な人間なんだろう。
……まあ、コンビニのトイレを借りるために毎回プロテインバーを買っている時点で、ちょっとケチの方向性がおかしい気もするけど。
これからも無駄な出費は減らしたい。
ただし、家族との楽しい時間までケチるつもりはない。
そこだけは、昔の自分より今の自分のほうが、ちゃんと分かっている気がする。

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