ミスしたら晒し者文化、まだやってるの?

少しネガティブな話題かもしれない。

でも、これはずっと引っかかっていること。

うちの営業所――というより、結局どこも“所長次第”なんだと思う。
方針も空気も、トップ一人でガラッと変わる。

特に“大きなミス”が起きたとき。

売上に直結するものとか、所長の評価に響きそうなやつ。

そういう案件が出ると、翌日の朝礼で全ドライバー招集。
ただでさえ朝はバタバタしてるのに。

そして当事者が前に呼ばれる。

みんなの前で謝罪。

あの時間、なんとも言えない空気になる。
誰も得してない空気。

自分も過去に、別の会社で大きなミスをしたことがある。
ミスした人も何人も見てきた。

でも決定的に違うのは、
“晒すかどうか” だ。

正直、このご時世にそれやる?って思う。

ミスはよくない。
それは大前提。

でも、恐怖で縛って何が変わるんだろう。

人は縮こまる。
報告が遅れる。
隠そうとする。

根本は何も変わらない。

むしろ、悪循環。

こういう空気に疲れて辞めていくドライバーを、自分は何人も見てきた。

仕事ができない人ばかりじゃない。
真面目で責任感ある人ほど、追い詰められていく。

確かにミスはよくない。
でも、あんな形で全体の前に立たされて、精神的に追い込まれて、
「辞めるしかない」という選択をするのは、あまりに辛い。

そこまで追い詰める必要ある?

各班で
「こういう事例がありました、みんな気をつけましょう」
それでよくないか。

人格まで削る必要ある?

結局あれは教育というより、
「自分はちゃんと指導してます」というポーズに見えてしまう。

保身。

そう思ってしまう。

自分だって、いつか大きなミスをするかもしれない。

そのとき、自分はどうなるんだろう。

皆の前で頭を下げるのか。
進退を考えるのか。
辞める選択肢がよぎるのか。

そう考えると、少し怖い。

人間だからミスはする。

大事なのは、その後どう立て直すかじゃないのか。

恐怖で動かすことはできる。
でも、恐怖で信頼は生まれない。

支配は一瞬。
信頼は積み重ね。

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